「妊娠中の登山っていいの?」登山を趣味とする全ての妊婦が感じる疑問です。
妊娠中の運動は妊娠経過が順調であり、担当の産科医師の許可があれば可能かもしれませんが、最終的には自己判断となります。
一方で、妊娠中の適度な有酸素運動は合併症の予防に効果がある可能性が言われていることもあり、有酸素運動である登山が妊娠中の運動として適するのかどうか気になりました。
この記事では、妊娠中の運動として登山はありなのか、登山をする場合の注意点について各学会のガイドラインから考察したことを紹介します。
妊娠中の登山について言及なし
まず、米国産婦人科学会(ACOG)、日本産科婦人科学会、日本臨床スポーツ医学会のガイドラインには、はっきりと登山について言及されていませんでした。
日本産科婦人科学会のガイドラインでは下表のように、好ましいスポーツと好ましくないスポーツを挙げています。
スポーツ種目にはっきり「登山」という文言はありませんが、「ウォーキング」があてはまりそうです。
分類を登山にあてはめて考えてみると登る山にもよりますが「転びやすく外傷を受けやすい」があてはまります。
好ましいスポーツ | ウォーキング エアロビクス 水泳 固定自転車 ヨガ ピラティス ラケットスポーツ |
好ましくないスポーツ (接触や外傷の危険が高い) | ホッケー ボクシング バスケットボール レスリング サッカー (ホットヨガ) |
危険なスポーツ (転びやすく外傷を受けやすい) | 体操競技 スキー(雪・水上) ハンググライダー スキューバダイビング 乗馬 スケート 重量挙げ 転びやすく外傷を受けやすい 激しいラケットスポーツ |
また、日本臨床スポーツ学会では下のようにスポーツ種目について言及しています。
1)有酸素運動,かつ全身運動で楽しく長続きするものであることが望ましい.
妊婦スポーツの安全管理基準(2019)より引用
2)腹部に直接的な外傷を与えるものや落下のリスクがあるもの,接触による外傷性リスクの高いもの,過度な腹圧がかかるものは避ける.
3)妊娠 16 週以降では,長時間仰臥位になるような運動は避ける.
登山は「有酸素運動かつ全身運動で楽しく長続きするもの」に当てはまりそうです。
これらを踏まえると、日本のアルプスやバリエーションルートなど難易度が高くリスクがある登山ではなく、比較的平坦で歩きやすいルートでハイキングというスタンスであれば可能かもしれません。
最終的には自己判断と主治医の判断になると考えます。
ガイドラインから判断する妊婦登山の注意点
米国産婦人科学会(ACOG)、日本産科婦人科学会、日本臨床スポーツ医学会が妊娠中の運動について記載していることを登山に当てはめ、注意点を考察しました。
妊娠経過が順調なことが大前提
単体妊娠で胎児の発育異常がなく、妊娠経過が順調で妊娠合併症がないことが前提です。
日本産科婦人科学会では「重篤な心疾患、呼吸疾患、頸管無力症、持続する性器出血、前置胎盤、低置胎盤、前期破水、切迫流・早産、妊娠高血圧症候群」などの合併症がある場合は妊娠中の運動を勧めないとしています。
合併症がある場合は早産、胎児発育不全、子宮内胎児死亡のリスクが高く、妊娠12週以降の流産・早産の既往がある場合は反復のリスクがあるとされています。
妊娠中の運動による母児への影響は十分な研究がされていないため、まだ明らかではない点が多いようですが、山で万が一のことがあった場合は迅速な対応が困難なため、基本的に経過に問題がある場合は登山は控えるべきでしょう。
心拍数は150回以下、運動強度は「ややきつい」以下
運動中の心拍数は140-150bpm以下が推奨されています。
日本臨床スポーツ医学会による妊婦スポーツの安全管理基準によると、妊婦の運動負荷強度が70%を超すと胎児心拍数に軽度の除脈あるいは頻脈が出現することが報告されていて、妊婦の陸上でのスポーツ活動の安全限界として、運動強度は最大酸素摂取量の70%以下、母体心拍数は150bpm以下にすることが望ましいとされています。
登山中に心拍数を測ることができる機器があると1つの目安になります。
人気のApple Watchや心拍数の測定だけであれば安価な商品もあります。
ただし、運動しながら常に正しい心拍数を把握するのは難しく、ウェアラブルウォッチの数値を常に気にしなければいけません。
妊娠中は運動に対して心拍数の反応が鈍いため、心拍数ではなく運動強度スケールを使用することを米国産婦人科学会では勧めています。
下の表はボルグスケールという自覚症状で評価する方法であり、表の13~14の「ややきつい」が許容限度です。長時間の連続運動の場合は11~12の「やや楽」が推奨されています。
感じ方にも個人差があるため、「トークテスト」を同時に行うことが有用です。
トークテストとは運動中の会話状態で運動強度を評価する方法で、運動中に会話が続けられる状態であれば運動強度は適切だと判断できます。
また、下記の症状が出た場合には運動を中止する必要があります。
立ちくらみ、頭痛、胸痛、呼吸困難、筋肉疲労、下腿の痛みあるいは腫脹、腹部膨満や下腹部重圧感、子宮収縮、性器出血、体動減少・消失、羊水流出感など
活動時間は長くなりすぎないようにする
どのくらいの活動時間が適切かは、運動強度を確認しながら無理のない範囲とする必要があります。
米国産婦人科学会では、「激しい有酸素運動を習慣的に行っている女性や、妊娠前から身体的に活動していた女性は、妊娠中や産後もこれらの活動を続けることができる」と言われていますが、運動時間についてはっきり断定されていませんでした。
日本産科婦人科学会では、以下のように記載されています。
禁忌のない妊婦には、米国ガイドラインでは1日あたり30分ないしそれ以上の中等度の運動をほぼ毎日、英国ガイドラインでは少なくとも日に30分の中等度の運動を奨めている。
また、子宮収縮出現頻度は午前10時から午後2時頃が低いようで、この時間に活動するとしても最長4時間ということになります。
歩くコースによって身体への負荷が違うため、運動強度を確認しながら無理のない範囲でコースタイムを見積もると良いと思います。
標高は1,800m以下
高度について言及されており、大体1,800m以下、1,500mから2,000mでの高強度の運動は控えるべきとされています。
高所での活動は低酸素が相まって子宮への血流が減少してしまうためです。
米国産婦人科学会は高所での運動を以下のように説明しており、高度6,000フィートはおおよそ1,800mの高さです。
海抜0mに住む女性は、高度6,000フィートまでの身体活動に耐えることができる
また、陸上での運動は平坦であることが望ましいとされているため、日本のアルプスのような急峻で足場の悪い山は厳しい場所が多いでしょう。
暑い時期は控える
高温多湿の環境下での運動は避けなければいけません。
暑い中で運動すると体温が上昇し、著しい体温上昇は胎児の先天異常を及ぼす可能性があります。特に神経系が作られる妊娠初期は注意が必要とされています。
米国産婦人科学会によると、適切な温度環境下で運動をした場合、深部体温は30分間で1.5℃未満の上昇で安全な範囲に留まっているという研究報告があり、日本臨床スポーツ学会は最大酸素摂取量の60~70%の運動は、体温が38℃を越えることはないとしています。
日本の7月~8月は多くの山が歩ける季節ですが、高温多湿であり、妊婦が活動するには適していません。
この時期の妊婦登山は控えることをおすすめします。
行くとしても影が多く涼しいコースやすぐ屋内に避難できる場所、早朝の涼しい時間帯などに短時間に限定するべきでしょう。
まとめ
妊娠中の有酸素運動は高血圧症や糖尿病、抑うつ症状などへの効果があるとされ、近年推奨されるようになっているようです。
登山は有酸素運動に属しますが、転倒や落下のリスクがあること、高地での運動であることが妊娠中に適した運動の要件から除外されますが、ハイキングとして真夏日を避け、標高1,800m以下の勾配が小さい山を運動強度に注意しながら歩く程度であれば危険な基準ではなさそうだと感じました。
結局は自己責任であり、主治医と相談することが推奨されます。
妊娠中に登山なんてするべきではないと思われるかもしれませんが、専門的な根拠のある見解を知りたかったため調査しました。
3つのガイドラインにはっきり「登山」という種目の記載はありませんでしたが、ガイドラインは改訂されていくため、今後の見解なども見ていきたいと思います。
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